CDケースわれで交換返金は自分らの首をしめている
Posted: 9月 1st, 2008 | Author: focajun | Filed under: 未分類 | No Comments »じつはわたしは長年CD、レコードの輸入販売にかかわってきた。そこでいつも疑問だったのは、日本人の音楽著作物にかかわる考え方だ。かんたにいえば、CDを輸入すると、ケースはシーリングされていなかったり、割れているのは当たり前だった。これを日本のお客さんにだすと、どうなるか?
「CDケースがわれているとは、なんてひどい商品管理なんだ、そく交換しろ」
となる。そしてショップには輸入物であり、CDケースの保障はしない、とめいきされているのにもかかわらずである。 CDは音楽を再生するために記録された媒体である。そしてジャケット等が付加され、それらを保護するためにCDケースが存在する。ようは、お客様は音楽をかっているのではなく、音楽グッツを買っているために、このこうな反応になってしまうのだ。そしてその原産国での違いが理解できていない。たとえば、USでCDケースがわれているので、交換してくれといったら「おまえは日本人だろう」とわらわれてしまう。これは冗談だが、同じ話を車のバンパーでよくきく。ヨーロッパではバンパーはぶつけるものだ、と。あま、バンパーは中古で売るときに値段がかわってしまうのでわかるが、車はその人の地位をあらわす大切(これも不自然な話だけど)なものなのできづつけたくないが本音だろう。そもそも車が地位をあらわすという考えが狂っているのだが。まあ、このあたりは生活必需品でないので、かわいいものといえうるが、わたしは今農業にかかわっているので、こちらは笑えない。たとえば、すこしでも傷ついたピーマンはつき返されてしまうので、ピーマンの産地ではピーマンがごみの山となる。なぜなら、かなりの確立でピーマンは若干の変色、きずがはっせいするからだ。たとえそれが食べるのに支障がないにしても、マーケットがそうなっているので、捨てざるをえないのだ。そしてそれを防ぐために、防虫剤とう農薬のおせわになり、くだものは、出荷時ワックスをぬって化粧をする。
もどると、なにがいいたいかというと?
CDケースや外装にたいして、クレームをつけると、結局は価格に跳ね返り、商品価値とは別のところで出費することになる。また、これが一部のお客様であったとしても、一部のお客さんのために全体がふたんしなければいけなくなり、結局はなにもかもが高い国になり、自分で自分の首をしめる結果になる。
ではどうするか?
ものを手に入れるなら、目的が達成されればそれでよしという本質に戻るべきだと思う。
といっても、逆のベクトルでしばらく動くんだろうか。。

Leave a Reply